第七章 宴の時~第七章 宴の時~時刻は夕刻から夜へ。 先の戦争のあと、皆が帰路へ向かい、宴の準備を進めた。 しかし、疲れの余りそのままぶっ倒れるものが多数。 結局、昼頃には全員が睡眠モードに入り、勝利の宴は夜に行なわれる事になった。 人々はケントに集い、町全体で大宴会が行なわれた。 酒を飲み散かし、歌い、騒ぎ、そして踊るなか、 「お~い、こっちにもっと酒持って来い!」 顔を真っ赤に火照らせながらも、右手に持つ大きめの空ジョッキを高々と掲げ叫ぶ男。 「こっちにもお酒頂戴」 その横で白い徳利を振っている女性。 「お? サクラ。病上がりだって言うのにまだ飲むのかヨ?」 「何言ってるのよシグザ。ワタシにとっちゃまだ飲んだうちに入らないわヨ?」 そう言いながらも、サクラも完全に出来あがっている。 「そうだな~。俺もまだまだ行けるぜ。ガッハッハッハ」 「そうよ~。ワタシもまだまだ行けるわよ。アッハッハッハ」 夫婦そろって酔い過ぎだろ、っと周りに居る皆が心の中で思いを告げた。 シグザは空のジョッキをぶんぶんと振り回しながらとある男を見かけた。 「おい、フィール! お前も飲めヤ! ガッハッハッハ」 呼び止められ、フィールが振り向くと完全に出来あがった二人の姿が目に入った。 ……まだ始まって十分しか経ってないぞ。 十分前、ディルの軽い挨拶から始まった大宴会。 ケント城ではとても入りきらなかったので、急遽ケント城下町で宴会が行われる事となった。 町の中心にまるでキャンプファイヤーのように組み上げられた大木が大きく炎を上げている。 シグザとサクラはキャンプファイヤーのすぐ東側に陣を取り、目の前には空になったビンが並べられており、横には多くの食べ物が置かれている。 食べ物は周りにレンガで小さな釜戸が多数設置され、あるところではバーベキューのようにいろいろな物が金網の上で焼かれ、またあるところでは鉄板の上でソースの香ばしい香りを上げているヤキソバなどが炒められ、一パック五百アデナと書かれている。 ……ちゃんと許可を得ているのだろうか。 などと思っていると、唐突に声を掛けられた。 「おいフィール!」 何か聞き覚えのあるような声で、本来なら振りかえらぬが吉なのだが、身体は本能的に返ってしまった。 視界に映るのは、レンガの土台の上に鉄板が置かれ、その上には茶色の麺とキャベツなどの野菜が音を立てて炒められていた。その横でパックに入れられたヤキソバは一パック五百アデナっと値札が下げられている。ヤキソバを売っているオヤジもとい、何度も見掛けている薄赤髪のゾルバだった。 昨夜とギラン市場と出会った格好とはまったく違い、今は白のTシャツにタオルを捻り頭に巻いている。 その姿はどう見ても出店のオヤジだった。 「……商人で取り立て屋、そして出店のオヤジときたか」 やれやれと言った感じでいると、 「誰のおかげだと想っているのかなフィール君?」 右頬をヒクヒクと動かし、必死に怒りを押さえているゾルバだが、 「ちゃんと販売の許可はとってあるのか?」 全て無視をしながら問うと、何か言えよ、と言いたげな表情をしつつ胸をはり、 「無い!」 と短く答えた。すると、どこからとも無く現れた二人の兵士に両脇を抱えられ、ゾルバは何やら叫びながらどこかへ連れていかれた。 まさに迅速の仕事振りだ。 ……なかなかの手際の良さだ。 などと歓心していると、主人が去った後でも鉄板の上ではヤキソバが音を立てていた。 見れば、もう少しで出来あがりそうな雰囲気。 ……このまま焦がすのは勿体無いな。 空いている台に両手に持っていた物を置き、フライ返しを両手に鉄板の上を滑らせた。 快音を響かせる鉄板に、近くに置いてあった食材も全て叩き込み、火力を強化すべく、燃えるもの(これも近くに置かれていた薪と机の前に飾られていた何か書かれた紙)を手当り次第に火の中へ放り込んだ。 すかさず右手にマナを貯め、釜戸に向けて放つ魔法はファイヤーアロー。燃えるものに全て引火し、火力は十分。再度フライ返しを鉄板の上を滑らせ焦げないように品々を踊らせていく。ある程度炒めたらソースをぶちまけ、丁度置かれているパックを見つけ均等に分けて作業終了。 火を消しながら、我ながらなかなかの作業だ、などと思いつつ、ジョッキとお皿+ヤキソバ二パックほどを持ってその場を後にした。 後方から何かを奪うかのような雄叫びと肉を打つ音が聞こえるが、フィールにとっては気にすべき事柄ではない。 キャンプファイヤーの周りでは相変わらずシグザが騒いでいた。 フィールはそのままシグザたちの後ろを回り、南側へと向かおうとしたが、 「こら! フィール俺の酒が飲めないってのカ? ガッハッハッハ」 酒を飲むと笑い上戸かよ、っと思いながら無視して足を進めた。 「こら! 待てよ! フィ――」 シグザが立ち上がろうとした瞬間、何人かのエプロン姿の侍女たちが両手いっぱいのビンを持ち、 「はい、お酒追加で~っす」 お酒が追加された。 おお~、と叫びと共にジョッキにつぐこともせずにそのまま飲みだした。 フィールは横目でビンの銘柄を見ると、そこには『ジャイ殺し』と書かれている。噂によるとその酒は豪腕のジャイアントでさえ、コップ一杯で酔い潰すと言われている強力なお酒であった。 そんなものをシグザが注文したのか、それとも侍女たちの『五月蝿い奴はさっさと酔わせて黙らせる』という策略なのか、はたまた只の間違いなのか、判断に難しいものであったが、おかげでシグザに絡まれなくて済んだ。心の奥底で感謝を言いながら歩みを進めた。 東側では侍女たちに囲まれ、一気、一気と掛け声と共に男が酒を飲み、そこ傍らで大笑いしている女性の声が聞こえるそのころ、北側もそれなりに騒いでいた。 人々は思い思いに腰を下ろし、近くにいる者誰彼構わずにジョッキを打ちあっている。 そんな中心には小さいながらも机が並んでおり、そこには二人の男と一人の女性、あとドワーフが腰を下ろしていた。 白銀の鎧に身を包んだ男、アデン城城主アビスが左手で杯を軽く上げ、隣りに座る男に向けて、 「見事勝利おめでとうディル」 しかしディルは、よしてくれよ、と一言置き、 「その言葉は私一人に対して言う言葉ではないよアビス。ギランの協力、多々の血盟の力があってこその勝利だ」 ディルは苦笑いをしながら言葉を返す。 「しかし、このケントが落されてしまっては、ギランやエルフの森がラスタバドの脅威にさらされるところであっただろうな」 と、いいながら左手の杯をアピールする様に軽く振って見せる。 「そうよ。いくら私たちが加わったと言っても途中からよ? それまではディルたちだけで頑張ってたじゃない」 アビスの逆、ディルの左に座るのはギラン城城主フローラも杯を手に持ち、乾杯に加わりたいかのように右手に杯を掲げ、腕を伸ばしてくる。 アビスの奥でも腕を伸ばしてくるドワーフ、ドワーフ城城主ボッツも右手に杯を持ち、腕を伸ばしながら、 「そうじゃよ。一人の勝利はみんなの勝利。みんなの勝利は一人の勝利じゃて」 三人が杯を手に待っている。 半ば、しょうがないな、という気持ちでディルも杯を持ち上げ、ジョッキを打ち鳴らした。 杯に入っている酒を一口飲み、周りを見た。 とあるところでは、空箱に右足を乗せ、右手には『ジャイ殺し』と書かれたビンを逆さまにして空になった事をアピールしながら叫ぶ男に、その周りで黄色い声を上げながら拍手してる侍女。さらにその横で大笑いしている女性の姿が目立つが、いたる所でも人々は笑い、酒を飲んでいる。 笑う事はディルは大好きだ。 笑顔を見せれば、みなが笑ってくれる。 笑顔を見せれば、不安は無くなっていく。 ディルは周りを見た。 みなが酒を飲み、笑っている。 そのことに幸せを感じる。 しかし、こんな幸せで本当に言いのだろうかと、不安が出てくる。 先の戦争で亡くなった人は少なからず大勢いる。 それは悲しい事だ、と思う。 そう思うと、気持ちが沈んでしまう。 この宴の席では決して見せては行けない表情。 分かっているが、気づけば気持ちはそちらに流れていく。 「ディル……大丈夫?」 沈んだ気持ちを引き上げてくれたのは隣りに座るフローラだ。 彼女はディルの顔色を伺うように覗いてくる。 「ああ……大丈夫だ」 精一杯の笑みを作るが、どこか力の無い笑みを返してしまった。 気づいたのか、気づいていないのか、よく分からない表情を浮かべていたが、ふっと正面へ顔を向けた。 ……昔からの馴染みだ。気づかれただろう。 自分だけならまだしも、周りにいる人までも悲しい気持ちにしてしまう。 それだけは、してはならないな、と気持ちを切り替えるように杯に入った酒を飲み干そうとした時、不意にディルの左肩に重みを感じた。 顔を向けるとフローラが正面を向いたまま、頭をこちらの肩に預けてきたのだ。 「……ディルは、何でもかんでも一人で背負い過ぎだよ」 一息入れ、少し俯くが、すぐに顔を上げ、 「みんなには背中があるんだからさ、一人で全部持たなくてもみんなで分け合おうよ……」 二人の目線が絡み合い、ディルは少し頬を火照らせた。 フローラは性格は独特であるが、可愛さはアデン全土でも上位に入るほどである。 実際、男性だけでゲリラ的にビューティコンテストが行なわれた結果、一位は当然のごとく圧倒的な差でマリアガ選ばれた。以下の順位は接戦で一票差で順位が変わるほどであった。その中でフローラは五位に決まった。その後、なぜか情報が漏れ、バイオレットの耳に届くや否や、マリアに負けたと泣き喚き、投票結果目掛けて容赦無しの全力メテオストライクをぶちかました。 余談ではあるが、仕返しと言わんばかりに今度は、美男子コンテストが行なわれ、一位はアビス王に決まり、二位はディル、三位にセントビートetcetc。しかし、そんな結果よりも、ビューティーコンテスト一位のマリアが誰に入れるのか、そっちの方に注目が行く結果になった。 「あ゛~ん゛ん゛」 そんな事を思い出していると、誰かの咳払いが耳に響いた。 すると、今まで騒がしいほどにうるさかった周りが、キャンプファイヤーの炎の音以外ほぼ無音の状態になっている事に気づき、二人で慌てて距離を取った。 「あ゛~御忙しい中よろしいかなディル?」 右に座るアビスがなんとも言えない表情でこちらを見ていることに少々恐怖を感じながら、首を縦に振った。 周りでは、今の咳払い誰だよ、と言うようなまがまがしい殺気と共に再び宴に戻っていく。 「今入った報告によると、ハイネ城、ウインダウッド城共にラスタバド兵は少数しか残っていないという事だそうだ」 「ほっほぉ。ならば、この際だ。一気に畳みかけちまうか?」 奥にいるボッツが肉を頬張りながら身を乗り出してくる。が、ディルは首を横に振ることで否定し、 「我々が動く必要無いだろう。すでにいくつかの血盟が城を取ろうと動き出していると思うしさ」 「しかし、もしも悪漢政治をやろうとしている奴が城主になったらどうするんだよ?」 「そうなるのなら我々が止めれば言いだけの話さ」 同意を求める様に辺りを見回すと、みな笑顔で答えてくれた。 「しかし、まぁ今は楽しもうぜ。戦士にも休息がなけりゃきついってもんだ」 十分楽しんでいるかのようにボッツがさらに肉を頬張っていく姿に、みなが笑い、 「ああ、そうだな」 ディルも杯に入った酒を飲み干した。 組み木から炎が立ち上がる周りでは、シグザと誰かが酒の飲み比べが始まり、多いに盛り上がっている。 集団から少し外れるように座っているのはカナリアの姿だ。 彼女は地べたに座り、みんなの笑顔を眺めていた。 しかし、その表情には快楽の言葉は無かった。 どこかを見ているが、どこも見ていない。そんな表情。 そんな彼女に一人の男が近づいた。 彼は右手にはお皿があり、数多くの食べ物が乗っており、左手にはお酒とジュースが入った大きめのジョッキを持っている。 「こんなところに居たのか」 声を掛けられ、そこでようやく男の存在に気づいた。 みんなの笑顔から男の顔へ目線を移すと、そこにも笑顔があった。 しかし、その笑顔はみんなの笑顔とは強さが違うが、しっかりとした笑顔があった。 「ほれ」 差し出された右手にはお皿があり、その上にはお肉やねぎなどを貫いて刺さった串が何本か乗っている。 「ありがとフィール」 カナリアはお皿を両手で受け取り地面に置いた。 フィールはカナリアの隣りに腰を下ろし、左手に持っていたジョッキを一つカナリアへ渡した。 カナリアは不思議そうにそのジョッキを見ている。表情から何味かな? などと考えているのだろう。 「それリンゴジュースだよ。お前は酒癖悪過ぎるからな」 「たまにはお酒飲ませてよぉ」 「だめだ」 昔、成人祝いでカナリアにお酒を進めたところ手におえないほどに酒癖が悪い事が判明した。 それ以来、カナリアには一切お酒を飲ませないことにしている。 そんなことを知らないカナリアはムスッとしてそっぽを向いてしまうのを、まあまあ、と、なだめながらジョッキを軽く打ち合い音を響かせた。 しばらくの間はむすっとした表情でお肉を食べていたが、次第に手は遅くなり、やがて止まってしまった。 その異変に気づいたフィールも一旦手を止め、 「どうふぃ――」 しゃべろうとしたが、口の中に肉があった為、しゃべるのも一旦止めて肉を飲み込み、 「――どうしたんだ?」 声を掛けるが、カナリアは真っ直ぐ向いたまま、不思議ねぇ、と一言だけいった。 「……ん?」 言っている意味が分からず聞き返すと、カナリアは正面を見たまま言葉を続けた。 「昨日まであんなに戦闘ばっかだったのに……今はみんな嬉しい顔をしている」 そこでフィールも正面をみると、ケント兵、ギラン兵、アデン兵やドワーフ兵、他にも大きな血盟や名も知らぬような小さな血盟の人々が、誰彼構わずに笑いあっている。 「あぁ、嬉しい事があった反面……多くの仲間が死に、悲しい事にもなったけどな」 決して変わる事無い事実。みなが笑っているのだが、心の奥底では涙しているのだろうな、っと考える。 「そうよね……」 そのことにカナリアも悲しく思える。 いくら名も知らぬ者であったとしても、死というものは悲しい気持ちにさせる。 「そういえば、エルは大丈夫なの?」 気持ちを切り替えるようにカナリアが訊いてきた。 「あいつなら……」 フィールが辺りを見渡してエルの姿を探す。 先ほど飲み物を探して居る時に偶然見かけたところへ目線を向けると、そこに金髪の長い髪の女性を見つけた。 「ほら、あそこだよ」 右手に持つジョッキで入る方角を示すと、カナリアの顔はそっちへ向いた。 エルを見つけたのか、少し安堵の表情をあらわし、 「良かった。元気そうで」 胸を撫で下ろすように息を吐くが、 「……元気じゃないさ」 言うべきか言わぬべきか悩んだが、フィールは言う事にした。 「……どういうこと?」 視線の先にいるエルの表情は喜。しかし、フィールが彼女を見る眼は哀。 「どうやら心の関係で剣や魔法が使えなくなったそうだ」 「あっ………」 息を詰まらせるように言葉を吐いた。 カナリアなら理由は知っているはずだ。 そこにどんな理由があろうとも、すでに死者と化した仲間に刃を突き立てたことをして心を無事でいられる方がどうかしている。 「見た目は元気そうでも、心はズタボロのはずだ……」 今のエルは無理やり笑顔を作っている。 宴を台無しにしないように、周りの人に変な心遣いをさせないために。 そう思うと、先ほど安心してしまったのが酷く心を痛んだ。 そんなことを察してか、フィールの手が頭の上置かれた。 「まぁそんな顔をするな。変な気遣いすると傷つくのはエルだ。だから俺らは普通に接してやればいいんだよ」 フィールの言う通りだった。本人が必死に隠しているのに、他の人がそれを掘り起こすような事をしてはいけない。 「しかし……エルの能力にはかなり役立ってたんだけどな」 「……のう……りょく?」 始めて聞くような単語に首をかしげている。 「……カナリア、一つ聞くがエルフの属性能力ってしっているよな?」 右の人差し指を顎に当て、しばし考えた様子を見せるが、顔を横に振った。 「はぁ~そうか……」 「な、何でそこで脱力するのよ~」 ディアドに行く前にこいつには色々勉強させた方がよさそうだな。っと心の中で誓いをたて、 「まぁいいや、この際だ教えておこう」 食べ終わった串を持ち、 「まず、エルフは一般魔法、つまりアインハザードとグランカインの力によって生み出された魔法以外にも、精霊魔法と言うものがある。これは俺たちで言うと闇精霊魔法と同じだ」 カナリアは同意するように、ふむふむ、と軽く頷いている。 「エルフは成人になると体に精霊を宿すことは知っているか?」 カナリアの反応は予測通り、首を横に振った。 その事に少々ため息を漏らしながら、 「人は年齢で成人になれるというが、エルフは違うらしい。知識で成人になるのか、何らかの試練で成人になれるかは、エルフたちの秘密らしいから詳しくは知らないが、晴れて成人になれたエルフは象牙の塔にいるエリオンというエルフから洗礼を受けるようだ」 フィールは地面に人の絵を描き、それを円で囲った。 「そうして、洗礼を受けたものがはれて身体に精霊属性が身に宿るそうだ」 まぁ簡単にはこんなもんかな? っと思い、 「ここまでで、何か質問は?」 はい、っと言いながら元気よく右手が上げられた。 「属性っていくつあるの?」 適切な質問だな。っと内心歓心しながら、串を地面に立て、 「回復など癒しを司る水」 円の上側に『水』と言う文字を書き、 「命中や移動を司る風」 円の下側に『風』と書き、 「防御や保護を司る地」 右には『地』と書き、 「力や威力を司る火」 最後に左に『火』と書いた。 ちなみに、っと前置きを言い、 「ガイムは風、カイムは地、エルは火を宿しているんだ」 ふむふむ、といった感じに頷きながらまた元気良く右手を上げ、 「水属性は居ないの?」 「前にカイムに話を聞いたところ、属性は性格に似るらしく、中でも水属性は稀少らしい。噂では水属性を極めたものはウィザード五人並の癒しの力を持つとも言われている」 「ほー。すごいんだね」 あくまでそれは噂なのだ。人伝のため、どこか表現が大きく変わっているかもしれない。 それを確かめようにも、誰が水属性なのか、見た目では一切分かることは出来ない。 「ねっ。もし、私がエルフだったら何属性だと思う?」 「……は?」 唐突な質問だった。 どうも昔からカナリアはこんな思いもつかないような質問をたまに投げ掛けてくる。 「だ・か・ら、私がエルフだったら何属性だと思う?」 「ああ、ん~……そうだなぁ」 空を見上げ、考えて見る。自分なら火属性だろう。っと考えながら、 「多分……」 「……多分?」 俺と同じ火属性だろうか? と考えるが、それは無いだろう、とあっさり否定。ガイムと同じ風か? っとも思うが、なんか違う気がする。ならば地属性かな? それが一番しっくり来そうだが、なんとなく否定。最後に残ったのは水か? そう思うと不思議と水属性かもっと思えてきた。しかし、カナリアが水属性になれるなら世も末だなっと内心思ってみたりもした。 一通り考えて見ると答えが見えてきた。 「カナリアの属性は無だな」 「……む?」 風でも火でも地でも水でもない属性にカナリアは小首をかしげた。 「そっ無属性。だいたいお前魔法ろくに使えないじゃん。だから何属性になろうと結局は無属性だな。いや……下手したら魔法も使えないからただのアーチャーか?」 「うわっ。ひっど~い!」 そう叫びながらカナリアは拳を握り、ポカポカと陽気な効果音が似合いそうな程度で殴ってくる。 「あははは、悪い悪い」 フィールは避けることもせず、まるで子供に叩かれているかのようにあしらっている。 そんななかで、 「お?」 ふと、町の北口を見てみると、そこには小さい荷物から大きな荷物まで、様々な形のした荷物を抱えた人々がぞろぞろとやって来たのだ。 そして、小さい荷物から取り出されたのは、木で作られた楽器、ヴァイオリンだった。 それを見たフィールはその集団が何なのか理解した。 「カナリア、あそこ見てみな。音楽隊のやつらだ」 と、楽器を抱えた集団に指を指すが、 「こら~話しを逸らすなぁ!」 カナリアは変わることなくポカポカと叩いてくる。 結局、カナリアを落ち着かせるのに十分ぐらいを費やした。 「それで? 宴のBGMでも聴かせてくれるの?」 気持ちの切り替えの早さに半ば呆れながらもフィールは口を開いた。 「音楽の定番はダンスだよ。これといって決まった踊りはないから、音楽にさえ合っていればどんなものでも自由なんだよ」 「へぇ面白そうね」 「んじゃあ、後で一緒に踊るか?」 「いいの!? やったぁ」 本当に嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに何を思ったのか、悩んだ表情を浮かべ、 「……でも、なんで今からじゃないの?」 カナリアの疑問は最もだった。 カナリアをなだめている間に音楽隊は配置を決め、それぞれ楽器を取り出し、今にも音楽が始まりそうな雰囲気だ。 「それは……」 フィールは一度北側を見ると、そこには男女一組が立ち上がった所だった。 「見ていれば解るよ」 音楽隊が来たことには多くの人々が気が付いた。 なにせ、ヴァイオリンやフルートなどは小さくても、コントラバスなど人よりも大きな物を抱えて来れば、気づかない方が可笑しい。 「お? やっと来たか音楽隊のやつら」 四人の中で最初に気づいたのはアビスだ。 音楽隊という単語でディルは丁度喉を通過しようとしていたお肉で見事に喉に詰まらせた。 ん゛~ん゛~、と叫びながらコップに入った水を流し込む。 そして叫んだ。 「まさか……アビスが呼んだのか!?」 「宴には必要不可欠だろ?」 なにか悪戯を仕掛けた子供のような表情を浮かべながら笑っている。 「……まったく」 ため息混じりにぼやくとほぼ同時に左方向から肩を叩かれた。 振り向けば、フローラが満面の笑みを浮かべながら、 「ねえディル一曲踊ろうよ」 ほら来た、と言わんばかりにディル再度ため息を漏らすが、そんなことはお構い無しにボッツは笑いながら、 「ほっほっほ、久しぶりにディル殿とフローラ殿のペアが見られるのぉ」 ……本当の目的はそれじゃ無いんだろうが。 「俺たちに遠慮せずに踊ってこいよディル」 背をバシバシ叩かれ、咳き込みながらもディルは立ち上がり、 「ったく、身体鈍ってるかもしれないのになぁ」 「やった。音楽隊の皆さ~ん。あの曲お願いしま~っす!」 嬉しさ百倍と言った表情で音楽隊に向かって右手を振って叫ぶと、答えるように音楽隊の人々も弓を振って答えた。 「さっ、行こうディル」 ディルの手を握って町の中央、あらかじめ開けておきましたっと言わんばかりの広場の真ん中へと向かっていった。 広場の中心に立つ二人はまずお辞儀をした。 それを合図のように伴奏はヴァイオリンのソロから始まる。 ヴァイオリンの音が次第に馴染んでくると人々は騒ぐのを止め、音楽に耳を傾け、目は中央に立つディルとフローラを見ている。 「ほら、始まったぞカナリア」 ジョッキを地面に置き、静かな声で隣りに座るカナリアへ声をかける。 「あれって……ディル王子とフローラ姫?」 「ああ、あの二人はここらでは最強のダンスペアとも言われているんだよ」 「……すんごい設定があったのね」 半分隠された設定に唖然としながらも、二人のダンスに目を奪われていった。 ゆっくりとした曲に二人は流れるように手を動かし、足を進め身を回す。 カナリアは唖然としながらも驚いた。 何に驚いたのか分からない。全てに驚いたと言っても良いだろう。二人のダンスには気品溢れ、全ての人をとりこにしてしまう力が感じられた。 先ほどのフィールの、後で、という意味が理解できた。 もし、一緒に踊っていたら、こんなにも素晴らしいものを見逃してしまう。それどころか、逆に邪魔になってしまう。 心でフィールに感謝しながら二人のダンスを見ていると、 「まだ驚くのは早いぞカナリア」 え? っと言おうとした瞬間、シンバルから出る大きな音で遮られてしまった。 驚きのあまり一瞬身体を振るわせると、辺りの空気が変わった気がした。 すると、今までゆっくりとした曲だったのに対し、だんだんとテンポが上がっていく。 しかし、二人のダンスは音楽に合わせるのではなく、まるで音楽が二人のダンスに合わしているかのような気がしてきてしまうほどだ。 こんなにも早い曲なのに、二人の気品さと上品さは欠けることが無かった。 こんなにも素晴らしいものをいつまでも見ていたいのだが、そう言う訳にもいかなかった。 時間にして五分ぐらいの曲だったのに、時間以上の素晴らしい踊りだった。 辺りから拍手喝采が沸き起こり、口笛までも吹き荒れる。 「すっご~い」 みんなにも負けじとカナリアも拍手を送った。 「さぁ今宵は宴の時だ! みな、剣を収め、女性の手を取る時間だ!」 ディルの叫びと共に、皆が歓喜の叫びをあげると、女性と手を取り合い、中央に向かって歩んでいく。 そんな中で、一箇所だけかなり盛り上がっている場所がある。 その中心にいるのは、マリア・パプリオンだ。 ざっと八十名を超す男の波の中心に彼女は立っていた。 いきなりの大勢におろおろしていると、左脇に人の手が入るほどの穴を開けた白い箱を抱えた男が叫んだ。 「はいはい! マリアさんと踊りたい奴は並べ! くじを引いて小さい奴からだ!」 その叫びと共に我先にと野郎の列があっという間に出来あがった。 「くじは一人一枚だぞ! それと、時間が短い事は承知しとけよ!」 並んでいる奴は皆、箱の中から出される人の手を見ていた。 二枚取り出せばぼこられ、三枚取り出せば集団リンチ。 八十名は軽く超す中から一番が選ばれるのは当分先だろうな、と思いつつ、フィールは立ち上がり、 「さっ、踊ろうかカナリア」 右手を差し伸べながら言うと、カナリアは少々恥ずかしながらも手を取った。 人の波を掻き分け、広場へついたと同時に音楽が始まった。 ダンスの基本はまず礼に始まる。 お互いに頭を下げ、手を取り合う。 カナリアはどうすればいいのか解らない、と言った感じにしていたが、自由に踊ればいいんだよ、と助言してやると吹っ切れたように踊った。 そんななか、死地の中から男が叫んだ。 「やったぁ!! 俺が一番だ!!!!」 別に一番が誰なのか興味は無かったのだが、視界の端に写ったのでみてみると、叫んでいる男は薄い赤髪に正装をしたゾルバの姿だった。 いつ着替えたんだよ、と思う暇も無く、ゾルバはマリアの前に歩み寄ると一礼、そして幸せの笑みを浮かべながら手を差し伸べた瞬間、 「交代だおら~~っ!!!」 別の男に蹴り飛ばされ、幸せそうな笑みを崩すことなくゾルバはどこかへ消えていった。 その後も、人々は歌い、踊り、飲み明かした。 暗い闇の奥。 自然に出来た洞窟の奥には、周りの雰囲気を打ち消すような大きな砦が建っている。 光を受け付けず、闇のみが辺りを支配するように。 その砦の名は、ディアド要塞。 中央に大きな門を構え、左右に一つずつ。計三つの門に守られたラスタバド軍の要塞である。 そこに、頭までも漆黒のローブに身を包んだ男がゆっくりと歩いている。 足元には非常灯のように輝く特殊な鉱石があるのだが、そんな光さえ闇に変えてしまうほどの暗黒。 ゆっくりと、しかし確実に要塞の門へと近づいている。 男の近くにはモンスターたちは居ない。 普段なら、ジャイアントのような豪腕を持つヘビーオーム、闇の力を手に入れた木ダークエントなど他にも多くのモンスターが居るはずなのに、男の近くにはその姿は一切無く。あると言えば、男の歩いたと思われる跡には、原型を留めていない死骸があるばかり。 男は全てを何事も無かったのように歩き、門の前で足を止めた。 一度だけ、上を見上げるように顔を上げた。 ローブに隠された顔は闇に覆われていて覗う事が出来ない。しかし、その奥に潜む視線からは殺気を出していた。 男はすぐに視線を下へと戻し、ゆっくりと右手を門へと向けた。 ローブの隙間から出された右手は、闇以上の暗黒……否、言葉では言い表せないほどの闇のオーラが右手を包んでいた。 そのオーラはただ風に流れるように揺れていたが、次の瞬間には男から風が吹くようにオーラが門に向かって揺れた瞬間。 まさに刹那という時だろう。 膨大な爆発音と膨大な衝撃と共に門は破砕された。 人の高さ三倍、人の幅3倍ほどある大門は一瞬の時で完全に破砕されたのだ。 そんな中にも関わらず、男のローブには塵一つ、衝撃でローブが揺れる事は無かった。 男は右手を戻し、また歩き出した。そこには元々、門など無かったかのように。 門を越え、要塞の中へと入っていった。 しかし、あんな爆音と衝撃のはずなのに、ラスタバド軍の兵士は誰一人として姿を見せなかった。 男はゆっくりとした歩調で、奥へと進んでいく。 そして、またあるところで足を止めた。 そこはディアド要塞の中心部。要塞の核とも言える物、ガーディアンタワー。 それは特殊な鉱石により輝かしいばかりの光を生み出しているのだが、そんな光を目の前にしてさえ、ローブを明るく照らすばかりで男の顔は已然闇に覆われていた。 「少々派手過ぎないか?」 声のする方、ガーディアンタワーの影から身長二メートル近くの大男が声と共に現れた。 頭には竜の骨で出来た兜をつけ見える顔は鼻から下のみ。引き締まった体に防具と言うものは身に付けていない。恐らく強さへの自信だろうか。両手には長く伸びたクローを付けている。 「わざわざ壊さなくたって、言えば開けてやるのによぉ」 口ではそう言っているが、表情には怒りというものが伺える。 ローブの男は何も言わずにただ単に大男に視線を向けていた。 「別にいいじゃない。どうせすぐに直るんだしさ」 今度は女性の声が聞こえた。 見れば右手の方向。そこには、大男よりも顔一つ分低い女性が立っていた。 闇を想わせるほどの黒に近い青の肌。胸と腰辺りだけを隠すような服装。お臍あたりには魔方陣が描かれており、右手には彼女の長身よりさらに長い杖が握られていた。 元々そこには誰も居なかったはずなのに、何時の間にかそこには彼女が立っていた。 そんな事にもローブの男は驚きも疑問も持たなかった。 「そんなことよりも地上の方はどうだったんだい?」 彼女がローブの中を覗き込んでくるが、すぐに覗き込むのを止めた。 ローブの男は無視をするかのように黙っている。 黙っている事に腹を立て、怒鳴るように、 「昔っから、あんたのそういう所が大ッ嫌いなんだよ!」 言葉と共に杖を向け、先端からはマナの固まりが暴れ出すように集結している。 そして、マナを開放しようとした瞬間。 「そう言うなライア」 ガーディアンタワーの台座に腰を降ろしながら大男が言葉を放った。 その言葉で杖を振り上げ勢い良く地面に突き刺した女性、ライアは殺気のような視線を大男に向けた。 「じゃあ、あんたはむかつかないのか、バランカ!?」 怒号のように放つ言葉は大気を揺らした。 台座に腰を下ろす大男、バランカ。 ラスタバド軍第三司祭の一人、暗獣冥王バランカ。現ディアド要塞の首領の男。 杖を地面に突き刺し、怒りの視線を送っている彼女、ライア。 バランカとお同じ、ラスタバド軍第三司祭の一人、法霊冥王ライア。 この二人がラスタバド軍の最前線のディアド要塞を納めているのだ。 「まぁそういきり立つな」 バランカはライアから視線を外し、目の前にいるローブの男へと向けた。 「その様子からみると、地上の方は負けたみたいだな」 ローブの男は何も答えない。 「しかし、それでなくては面白みが無い」 バランカは喉の奥で堪え切れない笑いを漏らしながら、 「あぁ~。楽しみだ……。早く来やがれ人間ども……少しは俺を楽しませて見やがれ」 バランカは視線を右手に向け、身体の奥底から力が湧き上がるような感覚を必死に押さえつけるように右手の拳を握りながら、 「お前等も遣り合いたくて、うずうずしてるんだろ?」 視線を右手から、ライアへ。ライアから目の前に立つローブの男へ向け、そして、名を呼んだ。 「ヘルバイン」 ローブの男、ヘルバインはゆっくりと頷いた。 第八章 始まりの朝 |